【再掲】象観光を生み出した一枚の写真
akiyamabkk
By Hideki AKIYAMA
(象センターにかかる「象狩り」の写真 スーリン県タートゥム郡)
Elephant Round Up (象狩り)と呼ばれる一枚の写真。半世紀以上前に、「象の村」があるスリン県タートゥム郡で撮影された。スリン市内のティパオーン写真店の店主が、「ある象使いのリーダー」に招かれて撮影したもので、象使い達はみな「パカムの綱」と呼ばれる象狩りに使う縄を携えている。
※スリン県が発表している文章では「ヘリコプターが不時着した時、象に乗って見に来た住民たちの写真」とあるが、それでは象狩りの用意をして集まっていることと辻褄があわない。
スリン県の象使いは、毎年乾季、カンボジア側にある野生象の生息地に、象のキャラバンを組んで乗り込み、象狩り(野生象の捕獲)を行うのが常だった。彼らは、カンボジアを故地とするクワイ族という少数民族であり、国境が画定される前から、カンボジア領内で象狩りを行ってきた人々である。
その伝統が途切れるのが、写真が撮られたこの時期だ。1953年、カンボジア独立をきっかけに、タイ―カンボジア国境にある遺跡の領有権をめぐり対立が再燃、カンボジア側への越境はしばしば足止めをくらうようになる。写真は、1955年、象狩りキャラバンが、越境を禁じられて立ち往生した時のものだという。写真が撮られてから2年後の1957年には、カンボジア領内での象狩りが完全に禁止され、長年、これを生業としてきたクワイ族は生活の術を失う。
スリン市内からわざわざカメラマンを呼んでこの光景を撮影させた象使いのリーダーとは、後に下院議長にまでなった大物政治家、故チャイ・チットチョープ氏。その息子は、プロサッカーチーム、ブリラムユナイテッドのオーナとして知られるネーウィン・チットチョープ氏だ。息子のネーウィン氏も政治家だったが、盟友だったタクシン首相の失脚後、紆余曲折の末、表向きは政界を引退した。が、今でも隠然とした影響力を持つ政界フィクサー的人物である。
強面の剛腕政治家の顔を持つ親子だが、父親のチャイ氏がブリラム県から国会議員に初当選した当時は、毎日、象に乗って選挙運動をしたという。「候補者番号6番の象使い」をキャッチフレーズに、村人に名前を憶えてもらったと、チャイ氏自らが回想している。今から半世紀以上前の話だが、当時はタイの政治も牧歌的なものだったのだ。
このチットチョープ家、華僑系とクワイ族系の混血の可能性が高い。「なぜこんなところに華僑が?」と不思議に思う方もいようが、理由があるようだ。ここからは、タークラン村(「象の村」の所在地)の前村長さんから聞いた話しと私の推測である。
現王朝の前に一代限りの王朝をたてたタークシン大王は華僑の出身(父方が潮州系の華僑)で、要所に出身が同じ潮州系華僑を登用した。スリン県やブリラム県からの象の供出も、潮州系の華僑に任されたのだという。象は王室にとって戦場での重要な武器であり、白象は国王のみに許される乗りものであったから、信頼できる同族の出身者に任せる必要があったのだと言ういのである。
この話をしてくれたタークラン村の前村長さんの家も、潮州系の華僑と現地のクワイ族が混血した家系であった。だから、チャイ・チットチョープ氏も一介の象使いではなく、リーダーとなるべく使わされた特別な家系の出身、潮州系華僑の家柄だと思われるのだ。
話が脱線したが、カンボジア領内への立ち入りが禁止されたため、クワイ族伝統の象狩りは実質上ここで途絶えた。生計の道を失った象使いに
支援の手を差しのべたのが、当時のタートゥム郡の郡長ウィナイ・サワンナカートだった。郡役所が新築されたお祝いに、象と象使いを集めて「象を見せる」催しを企画したのである。これが象祭りの第一回目、今から60年以上前の1960年のことだ。
象祭りは評判を呼び、当時発足したばかりのタイ観光公社が関心を持った。翌年の第二回象祭りには、公社の全面的バックアップで、バンコクからの観光客約300人が、特別列車に軍用ジープを乗りついで、タートゥム村までやってきて、象祭りを見学することになる。おそらくこれが、タイで初めての「イベント観光ツアー」ではないだろうか。
※写真キャプションに The First Elephant Round Up in 1955 とあるが、これは第一回の象祭り(英語名: Elephant Runnd Up)を意味しない。
さて、冒頭の写真だが、200頭近くの象が集まったとされる、Elephant Round Up の情景は、多くの人に「スリンの象」の存在を認識させることになった。写真は、市内の写真店で展示、販売された他、いくつかの人気レストランで飾られ評判をとった。そして、スリンの「象祭り」が国家的イベントに指定され、内外で有名になるにつれ、写真も全国的に有名になり、象祭りのルーツを示す「歴史的写真」とみなされるようになる。数年前、コロナ下で催された60周年行事のシンボルとして使われたのもこの写真である。
象使いから国会議長に上りつめた故チャイ・チットチョープ氏が、どういう意図でこの写真を撮らせたのか定かではないが、今、その結果を見れば、政治家として先見の明があったと言うべきではないか。
<了>
参考
๑๐๐ เรื่อง เมืองสุรินทร์, เล่มที่ 1
Atsadāng Chomdī
สํานักพิมพ์สุรินทร์สโมสร, 2008
เปิดใจ “ชัย ชิดชอบ” จากคนเลี้ยงช้าง สู่ประธานรัฐส๖(The reporters 2020/01/24)https://www.thereporters.co/tw-people/interview-chaichidchob240120/
ชัย ชิดชอบ Biography
象まつり元年〜観光立国事始めのタイ
<了>