注目クリップ~日本製SL大王の記念日に疾走す(タイ国鉄職員OhoDomのサイトより)
タイ国鉄の運転手のYoutube サイト、Oho Domから。10月23日は、タイの近代化に大きな功績のあったラタナコーシン朝5代目の王、チュラロンコン大王の命日である。ワンピヤマハーラートと呼ばれ(ピヤマハラ―トはチュラロンコン王の別名)、国民の休日となり、毎年、大王を記念する様々な行事が執り行われる。
バンコク中央駅のSL824 号と850号(2020/10/23)
タイ国鉄の中央駅フアランポーンからアユタヤ駅まで蒸気機関車を運行するのも、チュラロンコン大王を記念する重要行事の一つである。なぜなら陛下は「タイ鉄道」の父でもあるからだ。
仏歴2433年(1890年)、チュラロンコン大王は、西欧列強の植民地化圧力に抗するには、国土の一体性を高める鉄道網の建設が必須と考え、バンコクとタイ東北部を結ぶ鉄道路線の建設を命じる。
バンコクと東北部の中心都市コラートを結ぶ路線の建設が開始され、仏歴2439年(1896年には、バンコクーアユタヤルートが完成、同年3月26日にはチュラロンコン大王臨席のもと開通式が行われる。その4年後の仏歴2443年(1900年)にバンコクーコラート線全線が開通してタイ鉄道交通の本格的幕開けとなった。タイ国鉄では、最初の運転が行われた日をタイ国鉄発祥の日と位置付けて、毎年3月26日に、バンコク―アユタヤ間に蒸気機関車を走らせている。現在のフアランポーン駅が完成するのは、それから20年後の仏歴2459年(1916年)である。
ちなみに、現在、タイで一般路線を蒸気機関車が走る日は年に6日しかない。上述の3月26日「タイ鉄道発祥の日」6月3日「皇后誕生日」7月28日「国王誕生日」8月12日「母の日」(前皇后陛下の誕生日)10月23日「ピヤマハラートデイ」(チュラロンコン大王の命日)12月5日「父の日」(故プミポン国王陛下の誕生日)である。タイ国内に運行可能な蒸気機関車は全部で5台、そのすべてが日本製だが、これら記念日に走るのは、パシフィック型824号と850号の2車両、戦後の食糧難の時代、タイからのコメ支援の引き換えに日本から送った車両なのだそうだ。
昨年のピヤマハラ―ト記念日にも、パシフィック型824号と850号は、二頭機関車体制で、午前8時過ぎにフアランポーン駅を出発し、乗客を乗せた車両を牽引して、バンコクーアユタヤ間71キロを往復した。ここで引用したビデオクリップは、運転室内の様子をカメラでおさめた後、運転手のピヤポン・ニンプラダットさんにインタビューしている。
ピヤポンさんは、お父さんもタイ国鉄の転轍手を務めた国鉄一家の出身、SLの運転手となることは長年の夢だったという。機関士の経験はあったが運転席に座るのは今回が初めてで、とても緊張したという。
「父が路線切り替えの仕事をするのを、物見櫓(転轍手が列車の運行を確認するために上っった)から眺めて育ちました。一度、父母に連れられて、カンチャナブリでクワイ橋を蒸気機関車が通るのを見たことがあるんです。川面に浮かぶ艀から見たのですが、映画の撮影で、周囲に爆発の煙が上がる中を、蒸気機関車が走ってくる。その時、絶対に、あの運転席に座って見せると思いました」
ピヤポンさんは、職業学校で大卒の資格を得た後、子供の頃の夢をかなえるために、鉄道技術学校に入学する。2年間のコースを終えた後、通常勤務の傍ら、蒸気機関車運転の勉強を続け、10年かかって運転席にたどりついた。通常、蒸気機関車の運転手になるには7年が必要だが、途中、運転手の養成をしていない期間があったため、10年もの歳月を要したのだそうだ。
パシフィック型の燃料は、石炭や薪ではなく重油を使う。電気制御の閉鎖システムだが、それでもディーゼル車の運転室よりも気温は上がるという。
「運転室には扇風機ひとつしかありません。入ってきて暑いなと感じるようでは、蒸気機関車の運転はもう無理ですね。顔があせだらけになって、勤務を終えるとすぐさまシャワーを浴びたくなります」
ピヤポンさんは蒸気機関車の魅力をこう語った。
「とにかく、ウンワーイなところ、いつも忙しく、落ち着きなく混乱している感じが好きですね。」
ピヤポンさんは、「ウンワーイなところ」という言葉で自分が蒸気機関車を好きな理由を表現した。「ウンワーイ」とは、忙しすぎる状況や、極度に興奮、混乱した状態をいう、ややネガティブな言葉である。「あられもなく、シャカリキに頑張っている感じが好き」ということだろうか。マニア独特の表現に、ピヤポンさんの「鉄オタ魂」を感じる。
蒸気機関車が出動する前日には、「電車のひい爺さんたち」(とタイのSL好きはそう呼ぶ)がひっそりと眠るトンブリ国鉄修理工場に、さまざまな人たちが集まってくるという。ピヤホンさんのような現役の運転手や保全部員はもちろん、かつて蒸気機関車を運転した国鉄OBから、鉄道マニアのおじさんや、若者、子供たちまで。最初は少数のSLマニアの集まりだったのが、国鉄当局の信頼を勝ち得て、蒸気機関車の保全をサポートする重要なパートナーとなった。その名も「タイSL保全隊」彼らが、紙やすりやワックスを片手に、年に6度のひのき舞台のため「ひい爺さんたち」をピカピカに磨きあげるのである。
蒸気機関車の保全をサポートする「タイSL保全隊」の面々
(ワンワット・ニヤムパーンさんのレポートから)
今年の11月、バンスー中央駅が正式にオープンし、鉄道輸送の中枢を長らく担ってきたフアラムポーン駅がその役割を終える。もしかしたら、フアラムポン駅からアユタヤ駅への記念列車の運行は今回のピヤマハラートデイで最後になるかもしれない。タイの鉄道ファンとしては見逃させないイベントとなるのではないか?
追記 今年のチュラロンコーン記念日を祝うタイ国鉄の式典はバンスー駅で催され、コロナや洪水の影響からか、アユタヤへの蒸気機関車の運行もなかったようです。残念!以下、タイ国鉄のホームぺージから。
2021年10月24日に記す。
<了>
参考