表紙はタブロイド判新聞紙ではなく、「サイアムラット週刊評論」というれっきとした週刊誌である。1952年に創刊された政論誌の老舗的な存在で、この雑誌で健筆をふるったククリット・プラモートは、自由タイ運動のリーダーでタイ政治の大立者セーニー・プラモート元首相の実弟で、自らも政党を結成し首相を務めている。歴史大河小説「シーペンディン(王朝四代記)」をサイアムラット誌に連載し、映画出演などもこなす傍ら、社会評論の分野でも大きな功績をあげた、近代タイのオピニオンリーダー、大文化人だった。
その由緒ある雑誌が、24ページ、薄っぺらな、タブロイド紙にも見劣りする体裁で細々と発行されていたから、少々驚いた。もっともネット版の日刊紙の方は、各段に内容が充実しているのだから、むしろ、細々ながらもプリントバージョンを発行し続けていることを多とするべきなのかもしれない。以下、サイアムラット紙(日刊)のホームページ。
少し、ネット検索をかけてみると、2018年12月21日付けのバンコクインサイトが、サイアムラット誌休刊のニュースを報じていた。インサイト紙は「新装のため無期限休刊」の声明をいささか勇み足気味に「サイアムラット66年の幕を閉じる」としているが、サイアムラット誌は低コスト版に装いを改めて再スタートし、今年で創刊69年目を迎えている。上にあげた表紙の右肩には、「仏歴2497年9月29日創刊、少将、モーンラチャオ―ン(国王のひ孫を意味する王室の称号)ククリット・プラモート」とあり、名前の上に同氏のサインがある。表紙の紙質は悪くなったが、青を基調とした表紙デザインは休刊前のものと同じで、創刊以来の伝統を護持する姿勢がうかがわれる。
タイニールセンとMAAT(タイメディアエージェンシー協会)の調べによれば、新聞への広告出稿額はピーク時で150億バーツ(約500億円)を超えていたが、2014年を境に減り始め、2018年には三分の一の45億7500万バーツにまで落ち込んだ。2014年と言えば、タイで地上波デジタル24チャンネル(現在は22チャンネル)が認可され、ネットコマーシャルの利用が本格化した年である。20年間、テレビに次いで広告額2位の地位を占めてきた新聞は、2019年には、テレビやインターネットはもとより、電車広告やラジオにも後塵を拝し、広告媒体7位に凋落したのである。
もうひとつのプリント媒体、雑誌も同じ運命をたどる。2010年には56億5500万バーツあった広告出稿が、2019年には、二割以下の8億4500万バーツにまで落ちむ見込みだとインサイト誌は報じている。これでは経営が成り立つはずがないだろう。よくないことは知っていたが、ここまで惨憺たる状況に陥っていたとは!
既に、駅のキオスクから雑誌は姿を消し、書店にあるのは、海外有名誌のタイ語版か、ファッション系、スポンサー企業のひも付きらしき高級ビジネス誌やライフスタイル系の雑誌ばかりである。少し前はコンピ二で買えた週刊ネーションやマネージャー誌はプリント版の発行をやめた。(私のアパートのコンビニにはもう本棚自体がない!)以前と同じ体裁で発行を続けているのはマティチョン誌だけかと思われるが、これは大株主でもあるスポンサー一族の意向が大きいのではないか?言論雑誌メディアの壊滅的状況の中で、細々ながら老舗誌「サイアムラット週刊評論」が存続しているのは、これら政論誌のオールドファンにとっては、うれしいことなのかもしれない。
<了>