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バンコクの運河は甦るか?(2)~サラカディー誌の遷都240周年記念号から(2022年4月号)

akiyamabkk


コンクリートと都会の雰囲気に満ちたチャオプラヤ川東岸の取材を終え、サラカディー誌のライターは西岸のトンブリ地区へと向かう。今回、連絡を取ったのは、オールドバンコクの旧市街を案内する電動遊覧船のオーナー、サンさんだった。


□電動遊覧船で一人NGO、サンさんのこだわり


サンさんは 5年前から、老朽化した船齢60年の舟を改造して、ソーラー電池を動力とする電動ボートに作り替えた。屋根一面にソーラーパネルを張ったボートの名前はスクサムラーン号、直訳すれば「幸せ愉快」号だ。


シラ・リーピパッタナウットさん(通称サンさん)はバンコクのトンブリ地区生まれ。11歳で両親を失い苦学して学業を終えると、環境保護団体グリーンアース基金に就職し、10年ほど勤めてから運河の観光船のガイドに転身した。運河の街に生まれ育ちすでにボートは持っていたし、幼い頃、父から舟の扱いや櫓の漕ぎ方を習ったことは、早くに両親を失ったサンさんにとって大切な思い出だったのである。


□「芸術家の家」のたたずまいに感動


サンさんには忘れられない光景がある。ある日、バーンルアン運河にある※「バーンシラピン」の前を通った時、その静謐な雰囲気に衝撃を受けたのだ。人々は手漕ぎの舟で運河を往来し静かな暮らしを満喫しているように見えた。一日200回、動力船がけたたましく行きかう近所の運河の喧騒からは想像がつかない別世界だった。


※バーンシラピン。タイ語で「芸術家の家」を意味する。タイの有名アーティスト数名がお金を出し合い、運河コミュニティー保存のために伝統木造建築を買い取り、ギャラリーや伝統金細工の工房として運用している。



□騒音低減に試行錯誤の末・・・

サンさんは、騒音を減らそうと6万バーツをかけてボートを改造したが、音量は2デシベル減っただけだった。その上、機械油を交換するたびにボートは廃油を川に垂れ流す。サンさんは、電動ボードを買うことを決意した・・・そんな話を聞いている間にも、スピードボードが轟音をあげて追い越していく。記事のリポーターは思わず耳を覆うが、ボートには運転手の子供らしいまだ幼い男の子が乗っていた。


「子供がかわいそうです。ああいう音を毎日聞いていいたら、聴力に悪影響があるかもしれません」


スピードボートは速度を上げるために燃料を運ぶパイプを装着している。それが、ボートが出す騒音のレベルを上げ、狭い運河内で反響することで増幅される。ボートの爆音は船体が通り過ぎた後も、しばらく鳴り響いていた。そこへ、別のボートが近づいてくると船頭が指で4の数字を掲げた。ひっきりなしに起こる騒音のため普通に会話することは不可能なのだ。


「今日は4回客があったという意味です。船頭たちが交わす言葉はこれだけです。他の会話は一切ありません」


□運河のコンクリ化はスピードボードのせい?


サンさんが指摘するもう一つの問題は、スピードボートが巻き起こす大波だ。波は土手を侵食し、時には運河沿いの家屋を傾かせる。だから、運河の住民は、コンクリートの壁で波から家をまもろうとするが、これにより水生生物が幼年期を過ごす泥濘や朽木が失われ、彼らの生存を脅かしている。さらに運河のコンクリ化は波の威力を増すという悪循環を生む。


「コンクリートの壁は波を吸収しない。波の影響は倍以上に大きくなってしまうのです」


三つ目の問題は、ボートがまき散らす排ガスの黒煙だ。サンさんの家の近所の運河では、一日7~8時間、200隻のボートが絶え間なく通行する。そのほとんどが、20年以上エンジンが使用された老朽船なのである。運河の水は、ひっきりなしに動かされ、人々は一日中排ガスにさらされる。


□ボートのスピード規制を


サンさんは、すべての舟を電動ボートにしろとまではいわない。しかし、せめて騒音に気をつかい、エンジンの手当てをまめにして、ボートがすれちがう時に徐行するくらいの配慮が欲しいと言う。


「運河の問題は、ボートのスピードを規制させすれば解決します。波から家を守るためにコンクリートで固める必要もなくなる」


□子供たちに伝えたいこと

「幸せ愉快号」がお寺を通り過ぎようするとき、向こう岸から黄色い声が聞こえてきた。ボートに向かって叫ぶ子供たちだ。サンさんはこのあたりの子供たちを無料で船に乗せている。ソーラーボートに子供たちは興味津々だ。


「子供たちが、運河を自分たちの一部だと感じてくれれば、運河の自然と共存することを学んでくれるでしょう」サンさんは続ける。「幸せ愉快号はトンブリ地区のどの運河にでもお連れしますが、ただ一つだけ制約があります。自然の流れに従って運航することです。朝、満ち潮で運河の流れが北ならばそちらの方向へ、午後反対になれば、その流れに乗って戻ってきます。それが運河の自然を楽しむ一番ふさわしい方法なのです」


□運河からゴミをなくすために


運河にはまだ問題がある。絶え間なしに流れて来てスクリューに引っかかるゴミだ。どうしても外れず、時には水に潜って取り除かなければならないこともあるという。サンさんは、運河にゴミをせき止める木組みを渡すことを思いついた。ゴミがたまれば行政に相談して、収集してもらえばいいだろうと。最初のうち行政は協力したが、そのうち回収をやめてしまった。ゴミは回収しなければ、腐って悪臭を放ちコミュニティの負担となる。心ならずも木組みを取り除くことになったが、サンさんは新しいプロジェクトを思いついた。


□人工知能でゴミを監視


サンさんの巧みな操縦で「幸せ愉快号」はある運河コミュニティに入っていく。サンさんが監視カメラの設置に協力してもらっているバーンルアン地区である。運河のごみ問題を解決するための対策を役所に要請しても、「ゴミは誰が捨てているか、どこから来るか分からないから対策の取りようがない」という答えが返ってくる。それなら、自分で調査してみようと、バーンルアン運河に監視カメラを取り付け、ゴミのデータを取ることにしたのだ。撮影された画像は、水面とゴミを自動的に識別するソフトで解析され、データーが蓄積される。


「もし行政が運河へのごみ捨てを本気で辞めさせようとするならば、できますよ。こういうカメラを十分な数設置すれば、どこの誰がゴミを捨てているか分析できる。まず違反者に警告を出し、それでもやめなければ取り締まる。そのために必要なら、こちらから証拠の映像を提出しますよ」


サンさんは、この日の取材をこう結んでいる。


「今、私は種をまいているのです。プロジェクトにコミュニティの若い人が協力してくれている。もし彼らが自分でゴミを拾うようになれば、問題の所在に気づくのです。ゴミを捨てさせないためのワクチンをあらかじめ打っているようなものですね。少なくとも、我々の世代がそうだったように、子供たちが運河の自然を愛するようになるよう努力を続けたいと思っています」


※写真は、サンさんの以下のフェイスブックページから。


<了>




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