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タイ演歌の名曲たち~日向的な労働者演歌「戦う中卒」マイ・ピロンポーン

akiyamabkk



20年くらい前にヒットした「戦う中卒」。歌は、労働者演歌のスター歌手、マイ・ピロンポーン。まずは、私の拙訳


戦う中卒


俺たち貧乏人は名刺なんか持ってない 働いても給料は安いし 中卒の卒業証書しかない 辛抱できるのも美しい人を想ってるからなんだ バンコクに来てラムカムへーン大学で勉強する奨学生 彼女が笑いかけてくれると元気が出る

望みは薄いけど可能性はあると自分に言い聞かせてる 心を閉じてしまわなければ、恋に障害はないはずだ

頑張って仕事して、父さん母さんに楽させる そうして、一刻も早く立派な男になって見せる

大学で勉強してあなたに追いつくことはできないけど 人生の卒業証書は貰ってみせるから、待っいてくれないか ラムカムヘーン大学のあなたよ 

あなたが卒業して立派になったときに、 貧しい中卒の俺を忘れないでくれ


俺たち普通の貧乏人は我慢してばっかりだ 屋台で働いている俺だが 根性で乗り切ってみせる 中卒の俺でも決してあなたに恥ずかしい思いはさせない ラムカムヘーン大学のあなたよ 

だから俺を信じて待っていて欲しい いつかあなたが誇りに思うような男になってみせるから


(繰り返し)



なんで、こういうベタな歌詞が受けたかというと、彼らの現実が、この通りだったからなのですね。マイ・ピロンポーンは、タイで最も貧しいとされる東北部イサーン地区の出身。同じイサーン出身のカミさんが大ファンだったので、昔からこの人の歌はよく聞いてた。田舎から出稼ぎに来た若者を励ます、こういう日向的な歌が彼の持ち味だった。今でも現役だが、ナンプラーブランドのオーナとしての方が有名かもしれない。


ラムカムヘーン大学は、いわゆる「オープン大学」で、入学試験が無く、講義に通えなくても、試験で単位が取れれば卒業できる。地方の貧しい若者が働きながら学ぶ大学である。


歌とミュージックビデオの設定はこんな感じだろう。ひそかに恋していた幼馴染の娘が、バンコクに出てきて、働きなからラムカムへーン大学で勉強し始めた。男は、喜んでいろいろ世話を焼くが、自分はしがない中卒、街頭の屋台引きで、彼女が卒業すれば、自分なんか見向きもしなくなるかもしれない。ラムカムヘーン大学の美しい人よ、俺も人かどの男になるから、どうか、それまで待っていてくれ・・・


ベタだけど、でもまあ、「こういう状況は現実にあったろうな」と思わせる。田舎から都会にでて苦労している若い男女が感情移入できる内容だったと思うのだが、実のところ、こういう歌に大衆への訴求力があったのは少し前の時代の話だと思う。今はもう、支配エリートにとって都合の良い、従順、謙虚、前向きな労働者像は、タイの労働者クラスに、好感を持って迎えられないだろう。


自分が、タイに住みはじめた頃、「あなたの履いている靴を見た時に、かなわぬ恋だと知りました」というタイ演歌の歌詞を聞いて、衝撃を受けた記憶があるが、そういう階級的諦念、あるいは、怨念的な心情は、もはやタイの農民、労働者にとって、受け入れがたい時代錯誤と映るのではないか。


彼らの意識が急激に変わった原因として、20年近くに及んだ、赤シャツ黄色シャツの政治闘争の影響があると思う。「選挙で勝ったものに政治を任せろ」「民主主義のルールを守れ」という単純明快な言葉で理論武装した彼らは、左右両陣営のエリートたちがバカにしたほど、無知でも脆弱でも、功利一辺倒でもなかった。


あの頃、インテリを自称する人間たちが、黄色シャツ側を支持し、軍事クーデターを擁護するのを、一介のタクシー運転手や警備員のおじさんが、政治ラジオで仕入れた知識で、最も簡単に論破していたことを思い出す。彼らが議論に強かったのは、彼らに反対していた勢力が、現代の政治的価値観では、擁護し得ないものを擁護しようとしていたからである。


タクシン元首相に功罪はあるのだろうが、タイの労働者、農民を、階級的諦念の薄暗い場所から引っ張り出し、選挙民としてのパワー(「革命勢力」ではなく「選挙民」としてのパワーである)に目覚めさせたことの功績はとてつもなく大きい。また、この変化は不可逆的なものだとも思う。この20年、タイは多くの点で後退したが、その中で、選挙民が勝ち得たものといえば、タクシン政権時代の成果であるか、その延長線上にある政策にしかないではないか。


ということで、この歌は、タイ人が感情移入する慰撫的なエンタメイメージとしても、もはや過去のものになったように思うが、古き、良き・・・しかし・・・えーっと、まあ、敢えて言えば「後進的」だった普通のタイ人たちの、思い出の歌、懐メロとして、ここに記録しておきたい。私は、自分のカミさんがそういう人なので、古いタイプのタイ人が好きなのだ。彼女は、一時、マイ・ピロンポンの追っかけをするほどの彼のファンだったらしい。


ビデオクリップは、グラミー社の公式 YouTube サイト、 Grammy Gold Official から。


参考





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