コロナ禍で再認識された国民皆保険制度の不可欠性(週刊マティチョン)
週刊マティチョン2021年6月18日~24日号より
表紙の見出しは、タイ政権与党内の派閥闘争の話だが、真ん中にプラゥィット大将がどんと座って、無投票で党首に留任しているのだから、所詮はコップの中の争い、閣僚ポストをめぐるゲームに過ぎないのだろう。
以下、表題記事を抄訳。タイトルを直訳すれば、
「国民健康保険事務所とコロナ禍、国民皆保険制度がコロナ流行下に大きな助けに」
一年半前、国民健康保険事務所は、病気になってから対処するという安全地帯から出て、未曽有の危機に対処する政府を補佐し支える中核組織に変貌した。何重もの手続きが必要な官僚組織を飛び越して、迅速に事態に対処するための組織的受け皿となったのである。
昨年の3~4月、コロナ第一波が到来したとき、リスクグループや感染可能性のある人たちに対して、「積極的疫学調査」という名の感染検査を無料で行えたのは、国民健康保険制度があったおかげである。
国民皆保険制度がPCR検査の費用を負担して、タイ国民の権利を保証し、いざ感染となれば無料で治療することを可能にした。これが、タイ人全体が、検査と治療を迅速に受けられた理由である。ウィルス流行の当初、検査費は2000~3000バーツしたのである。
まだコロナがどういう病気か詳細が分からず混乱していたころ、一般国民がコロナの治療費を賄うことができたのも、国民皆保険制度のおかげである。
検査費用、軽症だった場合の「野戦病院」(軽症者用の臨時病棟をタイ人はこういう表現で呼ぶ)の入院費、症状が現れた場合はその治療費・・・と、だんだんと費用はかさみ、もし重症化して、呼吸補助器を付けて長期入院となれば、その額は数十万バーツに膨れ上がる。
私立病院、国立病院にかかわらず、健康保険制度が、それら費用のクリアリングハウスとなり、国民の支払いを可能にしたのである。
18年前、国民健康保険事務所が設立された時、様々な疑問が呈されたが、これらの事実が明快極まりない答えとなるだろう。危機に陥った時、病に倒れた時、他の出費を賄うのでさえ大変な時期に、国民皆保険制度がどれほど切実に必要とされるか、コロナ事態の経験だけでも明らかではないか。
他の国の事例を見ても、コロナ発生当初、国民皆保険制度を持たない国は、国民の多くが、この病気の治療にアクセスできなかった。皆保険制度を持たない大国アメリカでは、多くの国民がコロナの治療を受けられずに自宅で死んでいった。私立病院の治療費は法外だったし、検査も無料では受けられなかったのである。
ドナルド・トランプ大統領が問題を認識し、巨額の予算支援を始めた頃には、すでに何万人という人が亡くなっていた。
アフリカでの問題は、民間の医療保険に入っている人は水準以上の治療を迅速に受けられたが、そうでない人々は、黙って家で病気に耐え、検査すら受けられなかった事である。結果、多くの人が、医療にアクセスできずに重体化し、亡くなっていった。
コロナ第一波が訪れた時、WHO・世界保健機構が「今ほど、国民皆保険制度が必要な時期はない」と声明をだした。その時、我が国は、「国民皆保険制度が機能し、コロナ対策の川上から川下まで全てのプロセスで優れた成果をあげた国」として称揚されたのである。
それから一年少し経ってワクチンがコロナ早期収束の鍵となった今でも、検査や「野戦病院」への入院、私立病院での治療まで、国民健康保険事務所は従来通りの働きを続けている。新しい課題は、ワクチンの接種をどうやって効率的かつ円滑に進めるかということだ。
忘れてならないのは、こういう事態でなくとも、国民保健事務所は、ワクチンの接種に大きな役割を果たしていることだ。例えば、インフルエンザのワクチン接種では、医療関係者への支払いとして、一回20バーツの予算を計上している。
コロナワクチンに関しては、その額を40バーツに引き上げた。ワクチンの接種を迅速にすすめ、できるだけ多くの人がワクチンを打てるよう便宜をはかったのである。
重要なことは、ワクチンの副作用があった場合、国民健康保険が治療費を負担することを明確にしたことだ。湿疹から、長期の発熱、入院費用まで、すべて健康保険がカバーする。また死亡した場合は、因果関係がはっきりしなくても、国民保険から40万バーツの補償金が支払われる。
ワクチン接種に国民が信頼を持つためには、基本的な保証を与えることが肝要であり、またそれは、ややもすると時間のかかる専門家の意見を聞くより先に、迅速に決定されねばならない。
正直言って、今、緊急的に使用しているワクチンについてはわかってないことが多い。副作用とか、接種時の注意点、慢性病や常用する薬への影響もはっきりしない。だが、もし後になって、死亡の原因がワクチンによるものではなく、ほかの病気によるものだと専門家が言い出しても、国民健康保険事務所が返金を要求することはないのである。
重要なことは、こうやって国民健康保険が、各層、各位、すべての国民の支えになることで、一刻も早い集団免疫の獲得が可能になるということだ。
この一年は、タイの国民健康保険制度にとって、壁を打ち破る新しい挑戦の連続だった。後年、今のこの時期は、国民健康保険事務所が、直面した課題に対処するために、迅速に体制を変革していった時期として記憶されることになるかもしれない。
それにしても、もし、18年前に国民皆保険制度が確立し、この制度を発展させてこなかったら、タイ国民は、コロナ禍によって、今よりもずっと酷い状況に置かれていたにちがいない。国民皆保険制度の重要さを再認識した一年だった。
<了>
参考 週刊マティチョン2021年6月18日ー24日号より