アジア日誌「イサンの人はこんなものを食べてきた」
タイの昆虫食としては、コオロギと北タイの竹ムシが有名だが、タイ東北部、イサンの人はこんなものも食べている。英語で Mole Cricket、直訳すると「モグラコオロギ」。その名の通り、一生の大半を地中で過ごし、求愛も繁殖も、地下10〜20センチくらいの深さにほった鶏卵大の穴で行う。オスは繁殖期に大きな声で鳴いてメスを誘う。鈴虫のような風雅さなはいが、その力強く大きな鳴き声は、言われてみると「ああ、あの声がそうだったのか!」と膝を打つ人が多いだろう。巣から縦横無尽にトンネルを掘り進み、彼らの多くは植物の根を主食としている。(肉食、雑食のものもいるらしい)作物の根を食い荒らすわけだから、外来種としてやってきた場合は、害虫として忌み嫌われるが、在来種としては、例えば、雨季の到来を告げる虫として親しまれていたりする。
タイの場合は、イサンの農民の貴重なタンパク源として、重宝がられていたようだ。タイ版ウィキペディアが、タイの三大食用昆虫として、コオロギ、バッタの他にこの虫を挙げている。捕獲方法は、彼らの巣がある田畑に水を撒いて浸水させた後、足や耕運機で掘り返して浮かんできたのを取ったり、繁殖期に光に誘われて集まってきたところを捕まえたりするほか、ある種の音を流しておびき出して一網打尽にする方法があるのだという。オスの鳴き声を流してメスを誘い出すのだろうか?(Wiki には詳しく書いてなかった。残念!)
本邦では、食べ物としてよりも、あの有名唱歌、昭和の名曲に登場する昆虫として知られているのではないか。そう・・・あれである。
手のひらにコオロギを
僕らはみんな生きている 生きているから食べるんだ
僕らはみんな生きている 生きているから腹が空く
飢餓が来てイブクロを 空かしていればー
ぷーっくり膨れる 僕のお腹あああー
(※栄養失調でお腹が膨れるのである)
カエルだってオケラだって シロアリだーって
みんなみんな食べていいんんだ、食用なーんーだー
お粗末!!しかし、この本歌の「偽善的な、あまりにも偽善的な・・・」であること!「じゃ、ゴキブリはどうなんだ、友達なんかい」と突っ込みたくなる。ああ、大人気ない。(笑)
イサンの人がこの替え歌を聞けば「アフリカじゃあるまいし」と笑うだろうし、そのアフリカでさえ、今や、飢餓は過去のストーリとなった。イサンに至っては、この虫はもはや、子供時代の郷愁を誘う「珍味」となっている。窮乏者用、非常用の食ではないのである。若い人なんかは気持ち悪がって食べないかもしれない。信州人にとっての「蜂の子」みたいなものか。たしかに、バンコクの屋台で見かけるのは、主にコオロギやバッタ、竹虫などで、これを見かけることは少ない。というか自分は今まで見たことがなかった。
これらの虫たちは、今50代半ばの私の奥さんが子供の頃は、まごうことなき窮乏者の食べ物だった。奥さんは、ビールを飲んで酔っ払うと、今はもう寝たきりとなった彼女の父親が、蛇でもネズミでも、見つけ次第に散弾銃で撃って、食べさせてくれたことを懐かしそうに語りだす。かつて報道された子供の飢餓は、国連とメディアが作り出したキャンペーンストーリーだったとしても、その頃、イサンの親たちは、子供に少しでも実のあるものを食べさせようと懸命だったのだ。そのような、ストーリーは、今のイサンではおとぎ話に聞こえるだろう。この半世紀、イサンは確実に豊かになった!
もうお分かりだろうが、Mole Cricket は、日本語でいう「オケラ」である。漢字は難しくて「螻蛄」と書く。動画の中で、奥さんが教えてくれた呼び名「キーソーンあるいはチーソーン」はイサン方言のようで、中央タイ語では「クラチョーン」と呼ぶ。クラチョーンは台所用具の「篩」と同音だから、ショベルのように発達した前足で何かを掻きむしる音が、篩をかける時の音と似ているからそう呼ばれるのかもしれない。それとも鳴き声が似ているからだろうか?
<了>
参考
ウィキペディアタイ語版
タイのオケラの鳴き声