バンコクの運河は甦るか?(1)~サラカディー誌遷都240周年記念号から(2022年4月号)
タイ王国の首都バンコクが、今年4月遷都240周年を迎えた。これを記念して、写真雑誌「サラカディー」が特集を組んでいる。総164ページ、なかなか力の入った特集である。特集テーマのひとつに「東洋のベニス」とも言われた水の都バンコクの運河の問題が取り上げられていた。
チャクリー王朝がチャオプラヤ川の東岸に都を移すにあたり初めに着手したのは、王宮周辺に運河を掘削して都の守りを固め、合わせて交通の便に寄与させることだった。「葦の茂る湿地」という名前が示す通り、バンコクは。チャオプラヤ川の湿地帯に位置し、運河が最適の交通手段であり、その後も、大小の運河の掘削が進められた結果、バンコクの運河網は総延長2600キロ、その数1682にも及んだ。しかし、西洋化に伴う陸上交通の発達により、現在、移動に使われている運河は、全体の半分に満たない。運河の大半が、生活用水を垂れ流す排水路と化しているのである。
サラカディ誌では、遷都240年の記念号で、特集テーマのひとつとして運河をとりあげ、フォトリポートによって、近代的発展を遂げたバンコクの運河が直面する問題を浮き彫りにしている。以下、同誌のリポートを抜粋して2回にわけて紹介する。
□運河浄化プロジェクト
2021年の中旬「運河の水をきれいに、50地区、50運河プロジェクト」と呼ばれるプロジェクトが発足した。バンコク都が主導し、都内にある50区が一年にひとつその区内の運河をピックアップし、運河の水質と景観を改善していくことを目的とする。運河の美観を向上させバンコク観光のランドマークとする狙いもある。
□カヤックから見た運河の風景
このプロジェクトに呼応して、運河浄化のキャンペーンを始めた市民グループがある。都内のカヌー愛好家が集まる、Love Kayak のメンバーたちだ。サラカディー誌のライターは、今年2月に、このグループが組織する運河ごみ拾いツアーに参加した。その日は、パドゥンクルンカセーム運河から、ボーベー市場、バーンファーリラート橋を通って、バーンランプー運河に抜ける往復6~7キロメートルのルートだ。
グループの共同創設者エークさんはこう語る
「清掃に参加することで、運河を掃除することの必要性を理解し、ゴミを回収するとこの大変さをわかってもらえると思えます。周囲で見ている人も、運河の掃除をする人がいることを知れば、考えを変えるかもしれません」
□講習を受け運河の清掃活動へ
若者からお年寄りまで参加者の年齢は様々で、家族連れでくる人もいるので、安全には最大限の配慮をする。参加者は出発前に、オール操作法や緊急時の対応について講習を念入りに受けてから、ゴミ袋を受け取り、午後1時に出発となった。地道な活動が実り、参加者が増えて、この日は総勢40人となった。
時折心地よい風が吹いてくるとは言え、真昼に運河を照り付ける日差しは強く、参加者は大汗をかきながら、コンクリートの岸にたまったゴミを回収していく。2分から3分おきに、ゴミが見つかる感じだ。ボーベー市場を過ぎ、ゴールデンテンプル、マハーカーン砦を通過すると、船は、バーンラーンプー運河に入った。
□スピードボートに冷や汗
「この運河に入ると、両側にオレンジ色のレンガが続き、昔ながらの運河の風情を残した素晴らしい眺めが広がります。陸から車を運転していたら、決して見られない光景です」
と、エークさんが言ったその時、センセープ運河から乗客を乗せたスピードボートが、猛スピードで通り過ぎていった。嵐の海にいるような大波が襲ってくる。
「岸に船を寄せて通り過ぎるのを待っていると、大概の舟は徐行してくれるのですが、そういう配慮がなければ、こういうことになる。カヌーがひっくり返らなくてよかった」
エークさんはほっとした表情だ。
□今、市民にできることは?
バーンラーンプー運河には、例外的に、昔ながらの雰囲気が残っているが、チャオプラヤ川の東岸プラナコーン地区には運河を中心にした生活スタイルはほとんど残っていない。ラークさんは言う。
「生き物が住める運河ではなくなっています。魚たちがかわいそうですね。夜も明かりがついているし、体を休める岸辺もない。1日中、夜も休まず泳ぎ続けないといけない」
「チャオプラヤ川の西岸、トンブリ地区には、まだ昔ながらの運河の生活が残っていますね。水上市場にしても、観光用のものではなく、本当に住民が買いに来る市場がある」
しかし、東岸のプラナコーン地区は、運河が都会の交通システムに組み込まれ、昔ながらの運河を取り戻すことは不可能だという。
「今からできることは、運河周辺の住民に、清掃の意識、運河の景観を美しくする意識を持ってもらうことでしょう。」
□一過性のキャンペーンに終わらせないために
そのためには、運河周辺の住民たちが、例えば観光収入であるとか、運河を清潔に保つことで具体的な恩恵を受けるシステムを作る必要がある。しかし、政府の政策は、ややもすると一過性のキャンペーンに終わり、持続性に欠けることが多いと、エークさんは指摘する。
「運河浄化のキャンペーンは必要だと思いますが、選挙があって新しい知事が選出されれば、雲散霧消してしまうのでは意味がない。」
「かつてのサイクリングキャンペーンは、盛大にぶち上げられたが、キャンペーンが終われば、自転車を走らす道がない。そういうことにならないようにお願いしたいのです」
<了>
※写真は、We Love Kayak のフェイスブックから